Introduction to Synthesizers

5.10. リングモジュレーション

2つの波形を掛け合わせることをリングモジュレーションと言います。ミキサーが波形の足し算であるのに対してリングモジュレーションは波形の掛け算です。リングモジュレーションを用いることにより元々の波形に無い周波数成分を合成することができます。

もっとも基本的な例として周波数の異なる2つのサイン波を掛け合わせる場合を考えます。掛け合わせると元々の周波数が消えて、別の周波数を持った2つのサイン波が生まれます。2つの周波数は元のサイン波の周波数の和と差になります。例えば1000Hzと100Hzのサイン波を掛け合わせると1100Hzと900Hzのサイン波が生まれます。それではのこぎり波やパルス波など倍音成分を持つ波形を掛け合わせるとどうなるでしょうか。結果はそれぞれの基音と倍音成分の和と差をすべて重なり合わせた少し複雑なものになります。

リングモジュレーションを用いるとオシレーターがもともと持っていない周波数成分を合成できるため多様な音を作り出すことができます。ただし2つのオシレーターにリングモジュレーションをかけた結果は複雑になる場合が多く、うまく使いこなすにはある程度の知識とテクニックが必要です。とは言っても基本的なテクニックさえ知っていれば難しくはありません。では実際にExcitonのプリセットを例に取ってリングモジュレーションのテクニックを紹介しましょう。

リングモジュレーションを用いることによりオシレーターの周波数成分にない新しい倍音成分を作り出すことができます。例えば31番(Plain Organ)は2つのサイン波オシレーターで基音と1オクターブ上の5度(3倍音:ピッチは+19)を出していますが、これらをリングモジュレーションした結果は基音の1オクターブ上(+12)と2オクターブ上(+24)になります。オルガンの音は加算合成ですから倍音成分が多くなるほど豊かに聞こえます。Excitonのオシレーターは2つですが、リングモジュレーションの音を足し合わせることにより倍の4種類の倍音成分を発生させることができるようになります。

基音と1オクターブ上の5度(+19)のリングモジュレーションが+1オクターブと+2オクターブになるという関係はとても実用的です。平均律を用いているため実際には少し誤差が生じますが、聞いてみると少しだけデチューンした感じになるので逆に心地よく聞こえます。完全に調和させる場合は倍音側(+19)のオシレーターにデチューンを+2centだけ加えてください。この他にも音が調和する周波数の組み合わせが幾つかあります。主なものを下表に示します。このような関係を使ってリングモジュレーションを用いればリングモジュレーションで得られる新しい周波数成分も必ず倍音またはその整数分の1の中に入ります。

オシレーターの周波数(ピッチ) リングモジュレーション音の周波数(ピッチ)
(1)(2) (1)(2)
基音(0) 3/2(+7.02) 1/2(-12.00) 5/2(+15.86)
2倍(+12.00) 基音と同じ(0) 3倍(+19.02)
3倍(+19.02) 2倍(+12.00) 4倍(+24.00)
4倍(+24.00) 3倍(+19.02) 5倍(+27.86)
5倍(+27.86) 4倍(+24.00) 6倍(+31.02)
6倍(+31.02) 5倍(+27.86) 7倍(+33.69)
7倍(+33.69) 6倍(+31.02) 8倍(+36.00)
8倍(+36.00) 7倍(+33.69) 9倍(+38.04)
9倍(+38.04) 8倍(+36.00) 10倍(+39.86)

基音と3倍音(+19)の組み合わせはオルガンの音色を初め数多くのプリセットで用いられています。またピアノ系の音色では高次の倍音成分を出すため6倍や9倍を使っているものがあります。サイン波を用いた場合は単純な加算合成になりますが、のこぎり波など倍音成分を持った波形を使うと倍音成分同士が作用し合い複雑な音色になります。プリセット42番(Bright Mod SynPiano)は基音用にパルス波、倍音用に9倍の三角波を用い、リングモジュレーションで中高音の質感と最高音部の「ピーン」という感じを出しています。

また音程を倍音関係からわざと外す場合もあります。プリセット60番(Chime)は上の表のような関係を使わず、「心地よい不協和音」のような音色になるように耳で調整して音を作った例です。わざと音程を倍音から外してオシレーターとリングモジュレーション音をミックスすると周波数成分が倍になり複雑な音色になります。リングモジュレーションという用語はこのような鐘の音や金属音を作るのによく用いられることから由来しています。

リングモジュレーションは他にも色々な使い方ができます。プリセット3番(Plateaux)は2つのサイン波オシレーターを用いています。一方は基音ですが、もう片方はずっと高音でキーフォローをほとんどゼロにして音程を外しさらにLFOでゆっくりと音程を揺らしています。LFOで揺れている方のオシレーターとリングモジュレーション音は基音よりずっと上の方で揺れるため、結果は基音が一つとランダムに揺れる高域のサイン波3つを重ね合わせたものになります。最後にディレイを通すと基音の方は時間変化しないので同じ音程ですが、高域のランダム音は音程変化しますから結果としてたくさんのサイン波をランダムに重ね合わせた音になります。これが高域でたくさんの音が揺らぎながら「キーン」と鳴っている効果を生みだしています。この例は一種の応用編ですが、複数のアイデアを組み合わせることにより多種多様な音を作ることができます。